くちばしコンサルティング

経営戦略を実現する、運用しやすい人事制度構築が得意です。

「人事制度に関するクレームは宝の山」か?

山本遼
人事部には毎日数多くの電話やメールが送られてきます。もちろん、その多くは事務連絡であったりすることが多いわけですが、現制度へのクレームとも呼ぶべきものが入っていることがあります。例えば、このようなものです。(実際にあった問合せなどを元にしていますが、一部加工しています)
 
「会社は成果を出すのが必要なんだから、行動評価などせず、業績評価だけで十分では?」
「上司は私の仕事をみれくれていない。あんな人嫌だから私の上司を変えて欲しい」
「なんで部課長手当が無いの?」 
・・・(もっとエグいのもたくさんあるんですが、割愛します。)・・・
 
今日は、そんな「人事に関するクレーム」についてのお話です。
 

そもそも制度に関するクレームは何故起こるのか

人事制度に関するクレームは、「従業員にとっての期待」と「現状の処遇」にギャップがあるから生じます。 まあ、普通のクレームも「顧客からの期待」と「今のサービス水準」に差があるから生まれているので、当然と言えば当然です。
 人事にとっての顧客は従業員であると考えられていることが多いです(ていうかそれが普通です)。そして、日本にはお客様を神様として崇拝する民間宗教が存在する為、優しく・真面目な人はこう思います。「クレームがあったから対処しなければならない」と。「私がこのクレームに対処せず、この人がモチベーションを低下させてしまったらたいへんだ」「クレームを言ってきたのは事業部長だから、今すぐ対処しなければ」そして、様々なプロジェクトが開始されることになります。
 
「部下からの評価が低い上司への再教育プロジェクト」「360度評価導入プロジェクト」・・・
 
社外の人と接する機会の多い営業職などとは異なり、人事は従業員と接する機会が多いため、意識がムラ化し、「従業員を満足させねば」と言う風に考える傾向が強くなります。
 
しかし、クレームを受けてすぐ対処するべきではありません。
 

クレームを受けてすぐ対処するべきではない理由

クレームを受けてすぐ対処するべきではない理由。それは、以下の2つです。
 

クレームを0に出来ないから

潰せないクレームというものがあります。例えば、評価をするときに「行動評価40%・業績評価60%」としている会社があったとしましょう。 すると以下のようなクレームが出て来ます
 
A:「会社は業績を出すべきだから、業績評価の割合を100%にするべきだ」 
B:「業績は運・不運に影響されることが大きい。不公平のない行動を60%ぐらいで評価するべきだ」
C:「そもそも人間が人間を評価するなどおこがましい!評価制度を止めよ!」 

 

どれもそれぞれ一定の正当性はあります。しかし、ABC全員を満足させる解はあるでしょうか?
 
ふつうのクレームと人事制度に関するクレームの違いを挙げるとすれば、それは上記のような「相反する要求が生じること」であったりします。そのため、人事制度に関するクレームを0にすることは出来ないという状況が存在します。
 

クレームを潰すと別の人からクレームがでることがあるから

また、クレームが同時に発生すれば前項のように「相反するものがあるな」ということに気付くことが出来ますが、一つだけ出てくることがあります。
 
たとえば、先ほどと同じ例で、以下のクレームのみが見えたらどうでしょう
A:「会社は業績を出すべきだから、業績評価の割合を100%にするべきだ」 
 
これだけみると、「確かに業績は大切だ、だからこのクレームは是」と思えなくもありません。だから、業績評価の割合を高めようと言うことになりがちです。 しかし、
 
D:「業績評価の割合は60%が妥当かな(つまり行動評価は40%必要だろう)」 

 

と思っている人にとっては、「行動評価がなくなった!」と感じるわけです。Dさんは元々の制度に満足していたため特にクレームを言うことはありません。 今の制度に満足している人は、わざわざありがとうだなんて言わないからです。
 
今回はABCD一人ずつの設定で書いていますが、それぞれの考えに近い人が以下の割合だった場合、どうなるでしょう?
 
A:10人
B:8人
C:2人
D:70人 

 

Aさんの言うことを聞いたがために、Dさんからの不満が高まるわけです。「満足度を高めようと思ってクレームを潰したら満足度が下がった!」という、笑うに笑えない現象が起きるんです。
 
 

そうして、最終的にわけのわからない制度が出来上がる

じゃあ、今度はDさんに”も”配慮して、「業績評価は何%が妥当か」と考え始めます。 従業員に「業績評価は評価全体の何%を占めるのが妥当だと思うか?」とかアンケートをとって、計算を始めます。
 
A:業績100%
B:業績40%
C:業績0%
D:業績60% 

 

A:100%×10人 + B:40%×8人 + C:0%×2人 + D:60%×70人 = 55.2%
∴(ゆえに)  業績評価は55.2%が最適解 (Q.E.D
 
なるほど客観的っぽい数字ですが、この数字に何の意味があるというのでしょう。
 
今回は業績評価の割合とかで説明しましたが、
・「360度評価を必須化」した結果「上司が部下の機嫌取りに必死になってしまった」とか
・「定年後再雇用の人は原則処遇が下がるが、中にはとても能力の高い人もいるから、処遇を高める方法を作って欲しい」と言われたから対応したら「全社で特別処遇の人ばかりになった」とか

 

そういった事例は枚挙にいとまがありません。
 
元々の制度に、つぎはぎしまくったら結局何の建物か判らなくなった、ということはよくおきるわけです。
 

対症療法はしてはいけない

このように、対症療法的にクレーム処理をすると結局何がなんだかわからなくなります。 そのため、クレームがあったから、と言ってすぐに飛びつくようなことはするべきではありません。 このブログでも何度も書いていますが、対症療法で人事制度を作ると結局制度の当初の目的が達せられなくなります。 人事制度って一体何のために作っているのでしたっけ。
 
 

制度へのクレームに含まれる“宝”

と、ここまで制度へのクレームに飛びつくなと言うようなことを書いてきましたが、結論は真逆のものになります。
 
「それでもクレームを無視してはいけない」
 
僕は、幸い企業で人事をやっていたときに非常にたくさんの”問合せ”に晒されてきました。特に担当していた子会社の卸売業の会社の考課者の人たちは、答えにくい質問をたくさんしてきてくれました。そのときは、「いやいやちょっと勘弁してくださいよ…」と思ったものですが、人事業務がすっごく暇な月に突然思い出したりして、「そういえば○○支店長があんなことを言ってたけど、そもそもなんでだっけ。もっといいやり方があるはずでは?」とか思ったりしたものです。
 
(失礼な言い方になりますが)現場の人たちは、人事の素人であり、それでいて人事制度のユーザーなわけです。そういった方からのそもそも論って、実は結構本質に切り込んでくるようなことがよくあります。前のエントリで書いた「目標管理の測定項目から難易度は外すべきだ」というものについては、実は現場の人の「難しい業務やってるからって何が偉いねん。数字出してんのは俺らやん。」というようなところから気づきを得ました。
 
皆さんも、是非一度、自社の人事制度に疑問を投げかけてみてはいかがでしょうか?色んな観点に気付くことがありますよ。
 
 

今日のまとめ

・制度へのご意見は宝の山である。
・ただし、加工しないと毒になることもある。
・特に対症療法的な対応は要注意