くちばしコンサルティング

経営戦略を実現する、運用しやすい人事制度構築が得意です。

ファクトフルネス分析 データと事実から自社賃金を知る

山本遼

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近代中小企業 2019.08月号

ファクトフルネス分析 データと事実から自社賃金を知る

 

 

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 最近採用に苦戦している・優秀な社員が離職する・意欲が低い…人事の悩みはつきません。しかし、思い込みで対策すると、解決しないばかりか人件費が高騰するなど別の問題が起きることがあります。そこで本項では、Excel初心者でも定量的に分析できるよう、細かなステップに分けて丁寧に解説します。

 

1.賃金カーブで判ること

 例えば、こんな経験をされたことはありませんか? 採用面接の候補者から「御社のモデル年収はどれぐらいですか?」と質問された。自社の従業員から「うちの会社は、年功序列で給与が決まることに耐えられないので退職します。」と告げられた。労働組合から「同業他社より給与が低い気がするので、処遇改善をして頂きたいのですが。」と要求された。
 経営層あるいは人事担当の皆さんは、自社の給与がどう決まっていて、年功程度はどれぐらいか、他社と比べてどの程度高いのか・低いのかの問いに答えることが出来るでしょうか?もし、これに答えられないとすると、採用で他社に遅れを取ってしまうかもしれません。あるいは、なんとなくの思い込みで給与を上げすぎて人件費がかさんでしまったりすることに繋がるかもしれません。
 そこで有効なのが、賃金カーブを使った分析です。賃金カーブとは、自社の従業員の給与が生涯にわたってどのように変化していくのかを表したグラフです。具体的には以下のようなイメージで、縦軸に賃金(年収でも月収でもかまいません)、ヨコ軸に年齢を取ることが一般的です。

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 賃金カーブを使った分析からは、主に以下の5つを確認することが出来ます。①自社の年功序列具合②制度設計時の想定と実際の運用の乖離③同業他社・他業種との給与水準の乖離④労使交渉の昇給原資・⑤生涯年収です。
 本項では、まず「賃金カーブの作り方」をご説明し、「賃金カーブを使った分析」をご説明します。

 

2.自社の賃金カーブの作り方

 賃金カーブの作り方には2種類あります。経営陣や人事の考える「自社従業員が歩むモデル」のキャリアを元に作成する演繹法的な描き方と、現在の従業員の給与の状況から考える帰納法的な描き方です。(呼称は私が勝手に名付けただけなので覚えて頂く必要はありません)

 

演繹法賃金カーブの描き方

 演繹法的な描き方は、あくまでもルールやモデルをベースにした書き方です。自社従業員が歩むべき標準的な昇格パターンを元にしています。例えば、以下のようなイメージです。
 ・大卒。初任給の200,000円で入社
 ・3年(25歳)で等級2に昇格
 ・5年(30歳)で等級3に昇格
 ・3年(33歳)で主任に昇進
 ・2年(35歳)で等級4に昇格
 そして、等級毎の給与や役職手当が一意に決まっているのなら、以下のように描くことが出来ます。

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 また、昇格しなくても昇給する仕組みを取っている企業であれば、各年に昇給金額を加味していくことで、より現実味のある賃金カーブを描くことが出来ます。f:id:ryo_yamamoto:20200513225821p:plain

 さらに、評価毎に昇給金額が変わるのであれば、「評価は毎年B」ではなく現実的な評価パターンにすると納得感が増します。例えば、貴社がABCでの3段階評価を行なっているなら、より実感に近いのは

CBACBACBBA・・・と評価が交互に発生するよりは

CCCBBBBAAA・・・とする方がより実態に近くなります。 

昇格してすぐは評価が低く、後になれば上がっていく設定にするわけです。

 

演繹法賃金カーブのメリット

 帰納法的な書き方で記載した賃金カーブでは、現人事制度の原則に従えば、標準的な人がどの程度の給与になるのか、ということを考えるのに適しています。
 また、ハイパフォーマー・ローパフォーマーの設定も容易です。 ハイパフォーマーについては昇格年数を早く設定したり、評価をやや高くしたりすることで設計出来ます。逆に、ローパフォーマーについては逆に昇格を遅くしたり、どこかで打ち止めにしたり、評価をやや低く設定したりすればよいわけです。

 

演繹法賃金カーブのデメリット

 一方で、演繹法的な賃金カーブの問題点は「あくまでも架空のモデルに過ぎない」ということになります。そのため、モデルの設定の方法を誤ると全く現実味のない情報となってしまいます。

 

帰納法賃金カーブの描き方

 帰納法賃金カーブは、実際に今居る従業員の年齢と金額を元に散布図を作り、散布図の近似曲線を使って計算する方法です。近似曲線というと、難解な統計知識が必要になるかも知れない、と身構える方も多いかも知れませんが、Excelを使えば簡単に算出することができます。

 

1.まず、以下のように年齢と給与がわかるデータを用意します。

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2.散布図を使って以下のようにグラフを作成します。

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 【手順:年齢・月給のセルを選択した状態で、(上部メニュー)挿入→グラフから散布図を選択】

3.そして、散布図から近似曲線を作ります。 

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 【手順:グラフ上の散布図の任意の点をクリック→右クリック→近似曲線の追加→多項式近似を選択し、次数を2に設定。】

 

 ※このとき、多項式近似・2次関数にしておくことがポイントです。線形近似でもおおよそのことは判りますが、直線的な賃金カーブしか描くことが出来ません。そのため、極めて粗い分析しかできなくなります。(賃金カーブが指数・対数・累乗的なカーブを描くことはまずあり得ませんのでこちらもお勧め出来ません)

 

帰納法賃金カーブのメリット

 帰納法賃金カーブは、現実の賃金がどのように散らばっていて、どのような上がり方をしている人が多いのか、ということを考えるのに適しています。そのため、人事制度を理解・浸透していない多くの現場の人と会話をするときは、帰納法的な考え方によって作られた賃金カーブを元に話をした方が、共通認識を形成しやすくなります。

 

帰納法賃金カーブのデメリット

 一方で、帰納法的な賃金カーブの問題点は「今こうなっている」に過ぎず、理想的な状態であるとは限らない、ということになります。例えば、人事制度設計段階で想定していた給与と乖離が起きてしまっていたとしても、帰納法賃金カーブからだけでは判らないわけです。

 

3.賃金カーブ分析

 ここからは、前項で作成した賃金カーブを使って具体的に自社の特徴や課題を分析する方法をご説明します。

 

3-1.自社の年功序列具合

 帰納法賃金カーブの形から、自社の賃金がどの程度年功序列によって決定されているのか・昇給程度を把握することが出来ます。

 皆さんの企業の帰納法賃金カーブは以下のどのような形に近いでしょうか?

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①逓増型

 逓増型とは一定まで給与が抑えられている一方、ある程度の年齢から急速に上がる形のことを指します。歴史の長い日本企業で見られることが多いです。
*ただし、管理職以降の昇級幅が大きい昇給する場合など、年功序列でなくてもこの形を取ることがあります。

 

②直線型

 能力や職務にかかわらず一定の昇給を行い続けた場合や、毎年○千円昇給することとした場合にこの形となります。また、入社後全く昇給しない場合もこの型に含まれます。(真横の線になります)

 

③逓減型

 若手の間に一気に伸びてしまい、それからはあまり上昇しなくなるような場合、この形になります。スキルアップによる生産性向上に限界がある業種でもこのような形をとります。(仕事を覚えるまでは昇給余地があっても、一定以上は給与を上げられなくなるため)
 ただし、これは悪いことばかりではなく、若手登用を積極的に進めている企業や、年齢や勤続に関わらず給与を決めている企業でも見られます。

 

3-2.制度設計時の想定との乖離と外れ値の分析

 演繹法賃金カーブ(現在の人事制度を設計した際の給与カーブ)と、演繹法賃金カーブ(散布図から算出された給与カーブ)とを重ね合わせることで、自社の運用が制度の想定通りに行なわれているかを把握することができます。

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例えば、上記のようなパターンになったのであれば、「制度設計当初は逓増型昇給を企図していたが、実際の運用では逓減型となっている」ということが言えます。

 また、賃金カーブに対して大きく逸れている人が居る場合、個別に理由を確認することで離職防止策を検討することも可能です。

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 ※上記のような方が居た場合でも、業務遂行に問題で現在の給与が妥当なのであれば無理に処遇改善をする必要はありません。

 

3-3.同業他社・他業種との給与水準の乖離

 自社の賃金カーブに加え、厚生労働省が提供している賃金構造基本統計調査のデータを用いることで、同業他社や他業種と比べ、自社の給与が十分なのか・見劣りするのかを分析することが可能です。こちらのやり方も、今までのやり方と同様、自社の賃金カーブに賃金構造基本統計調査のデータを重ねることで分析することが可能となります。
 賃金構造基本統計調査は、業種・地域・企業規模毎のデータを取得することが出来ますので、必要に応じて使い分けると良いでしょう。
 

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 例えば上記のような形になった場合、入社直後は他社と給与が変わらないが、30歳前後から差が明確となっているということがわかります。このような状態を放置していると、入社から手塩に掛けて育成し、働き盛りになった頃に離職してしまう…という問題が発生してしまうわけです。

 

3-4.毎年の昇給額の参考資料

 賃金カーブを把握しておくことで、毎年の労使交渉の際、どれぐらい昇給させれば自社の給与カーブを維持することが出来るのかを定量的に把握することが可能です。
 演繹法賃金カーブであれば具体的な金額が既に出ていますが、帰納法賃金カーブから導く場合は、近似曲線を選択→右クリック→近似曲線の書式設定→数式を表示する を選択します。すると、グラフ上に2次関数の数式が表示されますので、そこから計算します。

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 例えば、上記の企業の場合、賃金カーブの数式はY=100.13X2-2866.2X+210822で表すことができます。
 この数式にあてはめると、25歳時点で200,489円、26歳時点では203,030円となりますので、25歳→26歳の間で2,541円昇給させれば現在の賃金カーブが維持出来るということが判ります。同様に計算し、各年代の人数と掛け合わせることで必要となる昇給原資総額を算出することが出来ます。

 

3-5.生涯年収

 賃金カーブから、自社従業員のおおよその生涯年収を算出することも可能です。賃金カーブの積分がそのまま想定生涯年収となるためです。表X-Xの企業で多項式近似値から導き出した各年齢の給与は以下のようになります。そこに、毎月の所定外労働時間と賞与を加味することでおおよその年収を計算することが出来ます。 これらを、入社年から定年まで合計することで自社における生涯年収が算出できます。

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※本表では所定外労働時間を20時間・賞与は4ヶ月・その他の支給は無しとして計算しています。

 

まとめ

 賃金カーブ分析では、自社の様々な問題点を明らかにすることが出来ます。今まで思い込みで「なんとなくこうだろう」と思われていたものでも、データで示すと思わぬ示唆を見つけることが出来るでしょう。
 しかし、人事課題の分析方法は賃金カーブ分析以外にも様々あります。例えば、将来の人員構成をシュミレーションしたり、従業員の方にインタビューをしたり、経営戦略と人事戦略の連動を確認したり、といったようなものです。ご興味のある方は是非弊社へご連絡ください。

 

 

PDFは以下よりご覧ください。

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本記事は近代中小企業様との契約に従い、公開期限が到来したため公開しているものです。