くちばしコンサルティング

経営戦略を実現する、運用しやすい人事制度構築が得意です。

目標は未達成に終わり、意思疎通は失敗する。なのに、仕事をしている風に見せる悪魔の言葉?

山本遼

皆さん、目標は達成できていますか? また、仕事を誰かに依頼したとき、「思っていた通りだ!」というアウトプットを確実に貰えていますか?
実は、「目標管理が失敗する」のと「相手との意思疎通に失敗する」のには、ある共通した原因があります。

 

それは、抽象的な言葉を使っていることです。つまり、目標に抽象的な言葉を使うと目標は達成されず、相手に自分の意図を伝えるときに抽象的な言葉を使うと相手からのアウトプットはこちらの意図したものとずれるというものです。


抽象的な言葉

例えば、入社1年目の社会人の子に、1年目の目標を立てなさい、と言うと必ずといって良いほど「一人前の社会人になる」ということを目標に立ててきます。 この目標は確実に失敗します。


期末になって、上司が「目標の達成度はどないや?」と新入社員に聞いて、「バッチリです。」と答える。 しかし、「お前のどこが一人前?一人で受注も出来ていないのに??」とか「いや、僕毎朝ちゃんと遅れず来てますし」とかいう言い争いが起きるわけです。


つまり、新入社員が思う一人前と、上司が思う一人前とでは水準が違うからなんですね。定義が出来ていないからなんです。

 

じゃあこれ、同じ会社の管理職同士でなら「一人前」の定義が出来ているかというと、これまた結構違います。しかも、ちょっとの違いどころではないことも多いです。研修講師をしたときに、色んな会社でアンケートをとって来ました。例えばこんな風に聞いています。

Q、あなたの会社で「一人前」と言えるレベルは、だいたい何年目相当ぐらいだと思いますか?

1.1年目が終わった時点ぐらい …約20%
2.3年目が終わった時点ぐらい …約40%
3.5年目が終わった時点ぐらい …約30%
4.5年目が終わってもまだ不十分 …約10% 

 

見事に割れました。「中途採用をほぼしていない企業のほぼ同年代の管理職を集めた」という、統計的にかなり信用のおけないぐらい偏った母集団であるにも関わらず。

これぐらい、人によって差が出てくるわけですね。


抽象的な言葉の認識は時間が経つと変わる

また、同じ人の中でも、言葉の認識は刻一刻と変わっていきます。 最初は「客先に一人で行って、プレゼンをして、受注まで出来れば一人前」と思っていた人でも、徐々に時間が経って「どうも受注をするのは難しいっぽい。 っていうか運の要素もあるじゃん」ということを学んだら、「受注は出来ないまでも、客先に一人で行って、プレゼンが出来れば一人前」と書き換えられ、プレゼンの機会までは時間が掛かるとなると「アポを取れたら良いよね」となっていく。
このように、頭の中だけで抽象的な言葉の定義をしていると、自分の都合の良いようにリアルタイムで書き換えられていくわけです。 しかも特に罪悪感を感じることもなく。

 

皆さんも体験としてあると思います。

「早起きをする」と言っていたのが、いつの間にか

「遅刻をしない」にすり替わっていたり、

「ダイエットをする」という目標が

「太らない」に変わっていたり。


人間は凄く怠惰な生物なので、このような現象が起きるわけですね。

 

抽象的かつ、「仕事をしている風」に見せてしまう悪魔の言葉

抽象的であり、かつ仕事をしている風に見せてしまう悪魔の言葉、というのがあります。ビッグワードとか言います。例えば、以下のような感じです。

総合的 / 効果的 / 最適 / 戦略的 / 改善 / 推進 / 再構築 / 徹底 / 検討 / 調整 / 抜本的 / シナジー / 努力する / 極力 / 簡単にまとめておいて / わかりやすくしておいて / 普通 / 当然 / 一人前・・・

これらの言葉は、全て定義が人によって曖昧です。総合的って何から何まですること? 効果的ってどれぐらい?

そのため、これらの言葉を目標に入れると確実に失敗します。仕事の依頼に入れれば確実にあなたの依頼は達成されません。


また、これらの言葉の悪いところは、使うと凄く仕事をしているっぽい雰囲気が出てしまうと言う点でも問題です。 例えば…

「自社の業績を改善させるため、グループ間のシナジーを発揮させるべく、総合的かつ最適な業務フローを再構築する。」

「抜本的かつ戦略的な推進体制構築を検討する」

 

なんだかやっている感が出ますが、結局お前何すんの?っていうのが見えないわけですね。だから、こういう目標を立てると失敗してしまうし、こういう言葉で人に依頼すると思っていた出来のものは出て来ません。

 

これを逆に使っているのが、企業の不祥事の謝罪文とか、IR資料(決算短信の”当四半期決算に関する定性的情報 ー経営成績に関する説明ー の項とか)だったりするわけです。 まあ、ステークホルダーに対して、イチイチ改善計画をWBSで表示して、○月×日に検討会をする・・・とかまで言う必要がないから、こういう包括的な文章でなんとかご理解してくださいよ、という様式美でもあるわけです。

 

ただ、別に戦略的に見直してはいけないとか、改善してはいけないということではありません。 改善することは良いことなので、「何を」「いつまでに」「どれぐらい」を定義しておくとOKです。

×生産ラインを改善する
○生産ラインのボトルネックであるA工程を、5月末までに、30%省力化する 

 

みたいな感じです。

このように、いつ・誰が見ても認識の差が出ないようにしておく、ということがポイントになるわけです。

 

コミュニケーション能力の話

こういうように、相手に自分の思ったことを間違いなく伝える、というのは割とコミュニケーション能力の基礎的な部分とされています。 

しかし、こうして考えてみると実は結構難しいことのようにも思えます。

 

コミュニケーション能力がある人の反対に、コミュ障という言葉があります。 コミュニケーションが超苦手、みたいな意味の言葉です。
昔は、みんなでわいわい喋るのが苦手だったり、喋ると早口になっちゃったりするようなオタクの人・・・を指すような意味で今まで使われてきた節がありましたが、最近面白い定義をしている人が居ました。
「コミュ障って、相手にコミュニケーション能力を求める人のことを指すのでは」
つまり、本当に自分にコミュニケーション能力があるのなら、別に相手の能力に依存せずコミュニケーションが取れるはずだ、というのです。

 

まあ、確かに誰とでも会話できる人って居る一方、わいわいたくさん喋ることが出来る割に、自分と共通認識の無い人とは上手に意思疎通が出来ない人というのは居ますよね。

 

日本企業の殆どの企業で採用基準に「コミュニケーション能力がある人が欲しい」と明記されていて、そういう基準で採用されてきた人たちばかりのはずなのに、何故コミュニケーションの齟齬が発生してしまうのか。それは結局「自分たちと同じコミュニケーションスタイルが取れる」かどうかだけで判断している、要するにコミュニケーションという言葉を使って、同質的な人を選抜しているだけに過ぎないのかもしれません。

 


今日のまとめ

・人によって受け取り方の違う抽象的な言葉を使うとコミュニケーションの齟齬が起きる。
・抽象的な言葉を使った目標を立てていると、人は後から目標を修正してしまう
・「何を」「いつまでに」「どれくらい」を明確にしておくことでコミュニケーションギャップを埋められる。

 

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